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千葉地方裁判所 平成3年(ワ)918号 判決

原告

林光男

林教子

右両名訴訟代理人弁護士

向井弘次

植竹和弘

被告

川口繁紀

川口幸子

主文

一  被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、一八〇四万九九三〇円及びこれに対する平成三年四月六日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、一八五〇万三〇八六円及びこれに対する平成三年四月六日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  被告らは、昭和六三年七月ごろから平成三年四月六日まで、千葉県千葉市〈番地略〉において、共同して託児所「キャンディールーム」を経営していた。

2  原告らは、平成二年一〇月ごろ、長男である林直人(平成二年六月二七日生。以下「直人」という。)の保育を被告らに委託した(以下、これを「本件保育委託契約」という。)。

3  被告らは、平成三年四月六日、原告らから直人の保育を受託して保育中、直人を含む六名の幼児を大人用のベッドに横向きに寝かせていたのであるから、このような場合、幼児を保育する者はこれらの幼児の動静を注視して事故が発生しないよう配慮すべき義務があるのにこれを怠り、被告川口幸子(以下「幸子」という。)においては他の部屋で家事に従事し、被告川口繁紀(以下「繁紀」という。)においては同室内で睡眠をとるなどしていたため、他の幼児が直人の頭部及び顔面部部に覆いかぶさるようにして睡眠を続けていたのに気がつかず、そのため直人が窒息状態となり、被告幸子が異変に気がついた時は既に遅く、直人は同日午前一一時ごろ同所において死亡した。

したがって、被告らは、本件保育委託契約の債務不履行又は不法行為に基づき、直人の死亡による損害を賠償すべき責任がある。

4  直人は、右死亡により、左記のとおり合計三八二〇万六一七二円の損害を被って、被告らに対して、同額の損害賠償請求権を取得した。

(1) 逸失利益 一九〇〇万六一七二円

ただし、賃金センサス平成元年第一巻第一表男子労働者学齢計の全年齢平均の年収額四七九万五三〇〇円からその五〇パーセントの生活費を控除し、ライプニッツ係数7.927(一八歳未満の者に適用する係数)を乗じたもの。

(2) 慰謝料 一八〇〇万円

(3) 葬儀費用 一二〇万円

5  原告らは、直人の父母であり、他に相続人はいないから、直人の死亡により、それぞれ4の額の二分の一である一九一〇万三〇八六円を相続によって取得した。

6  ところが、被告らは、原告らから請求を受けながら、原告らそれぞれに対し、六〇万円ずつを支払ったのみで、その余の損害賠償金を支払わない。

よって、原告らは、それぞれ、被告らに対し、各自、本件保育委託契約の債務不履行又は不法行為による損害賠償残金一八五〇万三〇八六円及びこれに対する債務不履行又は不法行為の日である平成三年四月六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否

(被告繁紀)

1 請求の原因1の事実はおおむね認める。

2 同2の事実は認める。

3 同3のうち、被告らが平成三年四月六日に原告らから直人の保育を受託して保育中であったこと、被告らが直人を含む六人の幼児を大人用のベッドに横向きに寝かせていたこと、被告繁紀が同室内で睡眠をとっていたこと、被告繁紀が被告幸子から直人の異変を知らされた時点で直人が窒息状態になっていたこと、直人が死亡したことは認めるが、その余の事実は知らない。法律上の主張は争う。

直人は、元々虚弱体質であり、特に気管が弱かったこと、死亡日の数日前から病気であり、死亡日の前日、医師の治療を受けていることからすると、死因は病死の疑いがある。

4 同4の主張は争う。

5 同5のうち、原告らと直人の身分関係及び直人に原告らの他に相続人がいないことについては認めるが、主張は争う。

6 同6のうち、被告らが原告らそれぞれに対して六〇万円ずつを支払ったことは認めるが、その余は争う。

(被告幸子)

1 請求の原因1の事実はおおむね認める。

2 同2の事実は認める。

3 同3のうち、被告らが平成三年四月六日に原告らから直人の保育を受託して保育中であったこと、被告らが直人を含む六人の幼児を大人用のベッドに横向きに寝かせていたこと、被告幸子が家事に従事していたこと、被告繁紀が同室内で睡眠をとっていたこと、被告幸子が異変を発見した時他の幼児が直人の頭部及び顔面部分に覆いかぶさるようにして睡眠していたこと、直人が死亡したことは認める。法律上の主張は争う。

直人は、元々虚弱体質であり、特に気管が弱かったこと、死亡日の数日前から病気であり、死亡日の前日、医師の治療を受けていることからすると、死因は病死の疑いがある。

また、被告幸子は、異変を発見すると直ちに、直人に覆いかぶさっている他の幼児を抱き上げて直人の頭部及び顔面部分から取り除き、被告繁紀を起こして、同人と共に人工呼吸をした後、被告幸子の運転する自動車で近所の病院に運んだものである。

4 同4の主張は争う。

5 同5のうち、原告らと直人の身分関係及び直人に原告らの他に相続人がいないことは認めるが、主張は争う。

6 同6のうち、被告らが原告らそれぞれに対して六〇万円ずつを支払ったことは認めるが、その余は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一被告らによる「キャンディールーム」の経営状態及び保育形態

被告らが昭和六三年七月ごろから平成三年四月六日まで千葉県千葉市〈番地略〉で託児所「キャンディールーム」を共同経営していたことは当事者間におおむね争いがなく、右争いのない事実に原告林光男(以下「光男」という。)及び被告幸子各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  被告幸子は、かねてより託児所を経営して子供を預かりたいと考えていたが、昭和六三年になって、同所に広さ約一〇〇平方メートルの一戸建ての借家があることを知り、同年の夏からこれを賃借し、その一八畳のダイニングルームを利用して託児所「キャンディールーム」の経営を開始した。

子供の募集は電話帳に広告を載せるなどして行われた。保育の報酬は、預かる時間帯及び保育時間により定められており、昼間九時間預かる場合は子供一人につき一か月四万五〇〇〇円、一二時間預かる場合は一か月五万五〇〇〇円、夜間は九時間預かって一か月五万五〇〇〇円であった。

2  被告幸子は、託児所を経営するについて、認可を得ておらず、また、無認可の保育所では、子供一人につき一万二〇〇〇円の保険料がかかると聞いて、預かった子供らのための傷害保険に加入しなかった。

被告幸子は、「キャンディールーム」経営開始当初は、資格を取得した保母三人と共に保育にあたっていたが、昭和六三年一二月になっても子供が一人か二人しか集まらなかったので、そのころ右の保母三人を解雇し、平成元年三月ごろから、体をこわして運転手の仕事をやめた夫の被告繁紀と共に保育に当たっていた。

なお、被告幸子は、平成三年ごろから、保母の資格を取るために専門学校に通うなどしていたが、被告らはいずれも保育所において乳児ないし幼児の保育に従事する資格は取得していない。

また、被告幸子は、一人の保母で保育できる人数は、四、五人が限度であると認識していた。

二本件保育委託契約の締結と直人らの保育状況

原告らと被告らの間で本件保育委託契約が締結されたことは当事者間に争いがなく、これに原告光男及び被告幸子各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  原告らは、電話帳の広告で「キャンディールーム」のことを知り、被告らが幼児の送り迎えをするという記載があったので、「キャンディールーム」に電話したところ、朝の七時ごろから夜の七時ごろまで約一二時間預かる、報酬は一か月五万五〇〇〇円ということであったので、直人の保育を委託することにした。

2  被告らが本件事故当時預かっていた乳幼児は昼間・夜間を合わせ約一七人であり、年齢は〇歳から五歳の間であった。昼間の保育状況は、直人を含む〇歳から三歳までの六人の乳幼児(その中では直人が一番年少であった)を大人用のベッドに寝かせ、三歳より上の子供は、布団を敷いて寝かせるなどし、時間によっては被告繁紀が歩くことができる子供を散歩に連れ出すといったものであった。子供の送り迎えは、朝は被告繁紀が、夜は被告幸子が行った。被告らは、午後一〇時ないし一一時ごろ、子供らが眠っている間に仮眠をとるなどしていたが、十分な睡眠はとれていなかった。また、被告らは、このほか、小学校五年生、三歳、一歳九か月、九か月になる被告ら自身の四人の子供の保育に当たっていた。

3  直人は、出生時の体重は三一七〇グラムであり、特に虚弱体質であるというような指摘を受けたことはない。原告らは、直人が初めての子供であるため、直人の体調が多少悪いと医者に連れて行ったが、それでも、直人が医者に連れて行かれたのは本件事故までに二、三回に過ぎない。

本件事故の前々日に直人の体調がよくないことを被告幸子が原告らに告げたので、翌日原告らが直人を病院に連れて行ったが、軽い風邪で熱もなく、病院から帰っても元気であった。

三本件事故の発生

被告らが平成三年四月六日に原告らから直人の保育を受託して保育中、直人を他の五人の幼児と共に大人用ベッドに横向きに寝かせていたこと、被告繁紀が同室内で睡眠をとっていたこと及び同日直人が死亡したことは当事者間において、被告繁紀が被告幸子から直人の異変を知らされた時点で直人が窒息状態になっていたことは原告らと被告繁紀の間において、被告幸子が家事に従事していたこと、被告幸子が異変を発見した時他の幼児が直人の頭部及び顔面部分に覆いかぶさるようにして睡眠していたことは原告らと被告幸子の間においてそれぞれ争いがなく、右争いのない事実に、〈書証番号略〉、原告光男及び被告幸子各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  被告らは、同日午前一一時三〇分ごろ、いつもの通り直人を含む六名の幼児を一つの大人用のベッドに寝かせた後、被告幸子においては他の部屋で子供たちの食器を洗うなどし、被告繁紀においては、ベッドのある部屋で頭痛のため睡眠をとっていた。なお、被告幸子が右ベッドを離れた時点では、直人は眠っていたが、まだ眠っていない幼児もいた。被告幸子は、約一〇分ごとに、直人らの様子を見に行ったが、炊事場とベッドのある部屋の間には仕切りがあり、被告幸子が常時直人らを見ていることができる状態ではなかった。

2  被告幸子が、同日午前一一時五〇分ごろ、直人らの様子を見に行ったところ、うつぶせになっている直人の頭部に、直人と同じベッドに仰向けに寝ていた二歳になる女児が、首から上を直人の後頭部にのせるかたちで眠り続けているのを発見した。被告幸子が急いで右女児を直人の頭部からどかせて、直人を抱き上げたところ、直人の顔は青くなっており、直人を床に敷いてあった布団に下ろしてほほをたたいたが反応がなかったので、被告繁紀を起こして、直人に対しかわるがわる人工呼吸を行ったが、被告らは人工呼吸について正確な知識を有していたわけではなく、直人の口に息を吹き込み、腹を押すという程度のことをしたに過ぎなかった。被告らは、数分にわたって人工呼吸を行った後、被告幸子の運転する自家用車で直人を千葉市都町の医療法人社団一陽会髙部内科医院に連れて行ったが、直人は既に死亡していた。

四被告らの責任

以上に認定した事実によれば、被告らは、いわゆる無認可保育所を経営しており、公的な規制に服していなかったばかりか、当初こそ資格を有する保母を雇用していたものの、昭和六三年一二月以降は、何ら保育所における乳幼児保育に従事する資格を取得していない被告らのみで、昼夜合わせて十数名の乳幼児を保育していたというのである。被告幸子が、一人の保母で保育できる乳幼児の人数は四、五人であると認識していたこと、また、被告らが、本件事故当時乳幼児三人を含む四人の被告ら自身の子の養育もしなければならなかったこと、被告らにおいて預かった子供たちのために傷害保険をかけていないこと、二人で昼夜にわたり保育を行わなければならなかったため被告らが睡眠不足であったことを考えあわせると、被告らによる「キャンディールーム」での保育の環境は、劣悪であったと認めざるを得ない。

そして、被告らは、前記事故当日も、直人を含む〇歳から三歳までの乳幼児六人を、一つの大人用のベッドに寝かせるという、それ自体極めて危険な保育を行っていたのであるから、乳幼児の保育に従事する者としては、寝返り等を打った乳幼児が他の乳幼児に覆いかぶさったりすることによって不測の事故が発生しないように乳幼児らの動静を常時注視していなければならない注意義務があったというべきであるが、被告繁紀においては右ベッドのある部屋で睡眠をとり、被告幸子は、被告繁紀が睡眠をとっていることを知りながら、右ベッドを見ることができない他の部屋で食器を洗っており、約一〇分ごとに様子を見に行ったに過ぎず、被告らにおいて、うつぶせになった直人の後頭部に同じベッドに仰向けに寝ていた二歳の女児の首から上をのせた直後にそれに気が付かなかったというのであって、右注意義務を怠ったことは明らかであり、したがって、被告らには過失がある。

また、被告らは、直人は病死した疑いがあるというのであるが、前記二3で認定したとおり、直人は特に病弱ということはなく、前日に医者に行ったのも軽い風邪に過ぎず、熱もなかったのであるから、直人の死因は、ベッドにうつぶせになっていたところに右女児がのったことにより窒息したことによるものである。

こうして、被告らは、直人の窒息死について不法行為責任を負わなければならない。

五損害

直人の右死亡による損害を金銭的に評価すると、次のとおり合計三七二九万九八六〇円であり、直人は右同額の損害賠償請求権を取得した。

1  逸失利益

平成元年賃金センサス産業計、企業規模計、学歴計、男子労働者全年齢平均の年間賃金は四七九万五三〇〇円であり、生活費としてその五〇パーセントを控除し、一八歳から六七歳までの四九年間就労可能であるとして、中間利息をライプニッツ方式によりそれぞれ控除すると(ライプニッツ係数は、直人が九か月すなわち〇歳であることから7.549)、その逸失利益は左記のとおり一八〇九万九八六〇円となる。

(計算式) 479万5300×0.5×7.549

2  慰謝料

前記認定事実によると、本件における直人の精神的損害に対する慰謝料としては、一八〇〇万円が相当である。

3  葬儀費用

直人の死亡により必要となった葬儀の費用について被告らに対し負担させるものとしては、一二〇万円を相当とする。

六相続

原告らが直人の親であること及び直人に原告らの他に相続人がいないことについては当事者間に争いがなく、原告らは五の損害の二分の一である一八六四万九九三〇円を相続によって取得した。

七被告らが原告らそれぞれに対して六〇万円ずつを支払ったことは、当事者間に争いがない。

八結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、それぞれ、被告らに対し、各自、不法行為に基づく損害賠償残金一八〇四万九九〇三円及びこれに対する本件事故発生の日である平成三年四月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるのでこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官並木茂 裁判官春日通良 裁判官本吉弘行)

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